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(ふれあいの湯・自然回帰)
約1400年前から温泉が湧き続けている城崎温泉では古くから心身を癒す風土が育まれ受け継がれています。そんな城崎温泉らしさに現代性をプラスして誕生したのが(さとの湯)です。エキゾティックな雰囲気が漂いハーブの香りや滝の音に満ちた不思議な空間です。悠々と流れる円山川や大自然を眺めながら御ゆっくり御過ごし下さいませ。 |
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(衆生救いの湯)
江戸時代村人の入浴が見られ里の外湯として親しまれていました。この湯の泉源から地蔵尊が出た事からこの名がつけられ庭内には地蔵尊をまつってあります。外観は和風灯篭六角形の広い窓は玄武洞をイメージしており外湯中で一番のモダンな建築物です。 |
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(子授けの湯)
中華人民共和国の名勝西湖から移植した柳の木の根の下から湧き出たと言うのでこの名が付けられました。以前はこの裏側にあり外傷やはれもの等に著効があったと今なお言われています。 |
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(開運・招福の湯)
江戸時代中期温泉医学の創始者後藤艮山氏の高弟香川修徳氏がその著(薬選)の中で当時新湯と言ったこの湯を天下一と推賞した事から名付けられました。横の小庭の(海内第一泉)の碑は近代温泉学の権威藤浪博士氏の書であります。桃山方式の歌舞伎座を思わせる様な建築物で町の中央に位し名実共に城崎温泉の象徴と言ってもよいものです。 |
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(美人の湯)
南北朝時代の歴史物語(増鏡)に文永四年(1267年)後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯された記事がありました。御所の湯の名はこれに由来しています。江戸時代西隣に陣屋がおかれ(殿の湯)または(鍵の湯)と呼ばれた湯があったが明治時代になって御所の湯に合せられました。京都御所を彷彿とさせる現在の建築物は平成17年7月に四所神社となりに新築移転されました。 |
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(一生一願の湯)
養老元年(717年)温泉寺開祖道智上人氏の曼陀羅一千日祈願によって湧き出たのでこの名が付けられました。その後八百年を経た頃にわかに沸きあがって熱湯となりましたが折よく来あわせた京都の僧日真上人氏が曼陀羅を書いて泉底に沈め修法の結果数日にして適温に復したと言う。前庭の碑はこの由来を書いたものです。屋根は仏縁にちなんで御堂を模し入口は唐破風山すその緑に包まれて清楚な趣を持っています。 |
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(しあわせを招く湯)
外湯の中で最も古くから開けた湯で舒明天皇の御代(1400年前)
コウノトリが足の傷を癒した事から発見されたと言う言われにもとづいて名がづけられました。山の湯風を取り入れた素朴な様式の建築物で町の奥深く街路から離れた閑静な湯で散策をかねた入浴に適しています。 |